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呑童子に出会い


茨木童子は富松の里でうまれ、茨木の里に捨てられていたところを酒呑童子に拾われ養われたと、『摂陽群談』には記してあります。
その後彼は酒呑童子の右腕的存在として『御伽草子』にも登場します。

それでは酒呑童子のお話を

都の貴族の子女達が次々と姿を消し、安倍晴明の占いで、大江山の酒天童子の仕業と分かる。
源頼光・藤原保昌と渡辺網以下の四天王に酒天童子退治の勅命が下る。
頼光達は住吉・熊野・八幡・日吉四社の神の助言で、山伏に変装し、険唆な山や谷を越え、鬼の城を目指す。
途中、小河で洗濯する二百歳余の老女に出会い、酒天童子の城の情報を得る。
酒天童子の城に着き、渡辺綱が案内を乞うと笛を持った童子が簾を掲げ顔を出す。
これが酒天童子で、頼光達を歓迎する宴が開かれる。
その後、鬼の行列が通ったり鬼が女性に化けて誑かすが、頼光が鋭い眼光で退ける。
夜になり、頼光・保昌・老翁の三人が隠れ蓑を被り、城内を見回ると、四方四季の美しい庭にも係わらず、人の骨や肉の膾漬けの凄惨な景が繰り広げられ、都人や唐人が籠められた牢屋が目に入った。鬼が寝静まった後、頼光以下の武将は、武装し、酒天童子を初めとする鬼の首級を挙げる。
戦いが終わると、美麗な宮殿もただの岩窟に変わり、酒天童子の通力で造られた世界であったことが分かった。
先の洗濯の老女も、都に帰るつもりであったが、鬼の住処が不老不死の世界で無くなったために急に老いが襲い、命が尽き、人々の涙を誘った。
そこで、頼光と保昌は、四人の僧等に変身した四社の神と持ち物を交換し、別れる。頼光一行は、解放した姫君や唐人等を引き連れ凱旋した。
その後、唐人は帰国する。
頼光達一行が四社の神々に御礼参りに出掛けると、交換した兜等があり、神々の冥加があったことを知り、改めて感激する。

ぶっちゃけいってしまうと…頼光さん一行は非常に卑怯者ですよ。
神様の加護はよしとしましょう。
騙して中にはいるのもまだ…
しかし、寝込みを襲うのは武士としていかがなものですか。
打ち解け心を許し生い立ち話までしてくれちゃった酒呑童子を…
非道です。酒呑童子も死に際にこう叫んでいます。
「情なしとよ客僧たち、いつわりなしにと聞きつるに、鬼神に横道になき者を」
つまり
「騙しやがって!俺ら鬼でもこんなことはしねぇよ!」
って感じです。

御伽草子では茨木童子と綱が戦っていると、酒呑討ち取った頼光が加勢にはいり茨木童子の首をはねています。
後のページにある都での茨木童子VS綱の戦いは、この大江山討伐後とも前ともいわれハッキリしません。
御伽草子では前。前太平記では後になっています。

どちらにせよ酒呑童子の次に名のある鬼、右腕的存在だったということです。


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