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一条堀川の橋(戻橋)で渡辺綱と鬼の対決する話が書かれているのは『平家物語・劔巻』という書物です。
普通の『平家物語』とは別物です。
『完訳日本の古典 平家物語』(小学館)の巻末のおまけ?にのってます。


その頃摂津守の頼光の部下にに、綱・公時・貞道・末武という四天王がいた。
そのなかでも素晴しいのが渡辺綱であった。
そんな彼が頼光のお使いの帰りに美女に出会った。
慌てて馬から飛び降りるあたり、ジェントルマンだか鼻の下が伸びたのかわからないが。
とにかく危ないからと彼女を送ってあげる事にした綱。
抱きかかえて馬にのせ、走らせること暫く。
「私の家までおくってくださいな」「勿論ですよ」
そう綱が答えた途端美女は鬼の姿に。
「さぁ!私の愛宕山に帰るのだ!」
哀れ綱。髪を掴まれ空中浮遊。
しかしそこは四天王の綱。慌てず騒がず鬼の手を切り落とす。
北野天満宮の上に無事落下。
鬼は逃げていきました。
この報告を受けた頼光は驚いて、とにかく陰陽師を呼んでみる。
陰陽師が言うには
「七日間家に閉じこもり誰にもあってはいけません。しっかり封印して、ついでに仁王経でも唱えてなさい」
素直に実行する綱
そして六日目。伯母さんが尋ねてきた。
「すいません。今会えないんで明日まで待ってもらえませんか?」
泣き出す伯母。長々道理(愚痴)を解かれ仕方なく入れてしまいました。
何故明日まで会えないのかと理由を聞かれ、素直に全て話す
すると伯母。「どんなものか見たい。見せておくれ」
「いえいえ。だから明日まで待ってくださいって」
また愚痴を言われて渋々見せるあたり綱は女性に弱いのか情に弱いのか
見せた途端、伯母と思っていた人物が鬼に早変り
自分の手だから、といって奪ってさっさとかえってしまいました





その頃摂津守頼光の内に、綱・公時・貞道・末武とて四天王を仕はれけり。
中にも綱は四天王の随一なり。
武蔵国美田といふ所にて生れたりければ、美田源次とぞ申しける。
一条大宮なる所に、頼光聊か用事ありければ、綱を使者に遣はさる。
夜陰に及びければ鬚切を帯かせ、馬に乗せてぞ遣はしける。
彼処に行きて尋ね、問答して帰りけるに、一条堀川の戻橋を渡りける時、東の爪に齢二十余りと見えたる女の、膚は雪の如くにて、誠に姿幽なりけるが、紅梅の打着に守懸け、かけ帯の袖に経持ちて、人も具せず、只独り南へ向いてぞ行きける。
綱は橋の西の爪を過ぎけるを、はたはたと叩きて、
「やや、何地へおはする人ぞ。我らは五条わたりに侍る。頻りに夜深けて怖し。送りて給ひなんや」
と馴々しげに申しければ、綱は急ぎ馬より飛び下り、
「御馬に召され侯へ」
と言ひければ、
「悦しくこそ」
と言ふ間に、綱は近く寄りて女房をかき抱いて馬に打乗らせて堀川を東の爪を南の方へ行きけるに、正親町へ今一二段が程打ちも出でぬ所にて、この女房後へ見向きて申しけるは、
「誠には五条わたりにはさしたる用も侯はず。我が住む所は都の外にて侯ふなり。それ迄送りて給ひなんや」
と申しければ、
「承り侯ひぬ。何く迄も御座す所へ送り進らせ侯ふべし」
と言ふを聞きて、やがて厳しかりし姿を変へて、怖しげなる鬼になりて、
「いさ、我が行く処は愛宕山ぞ」
と言ふままに、綱がもとどりを掴んで提げ、乾の方へぞ飛び行きける。
綱は少しも騒がず件の鬚切をさつと抜き、空様に鬼が手をふつと切る。
綱は北野の社の廻廊の星の上にどつと落つ。
鬼は手を切られながら愛宕へぞ飛び行く。
さて綱は廻廊より跳り下りて、もとどりに附きたる鬼が手を取りて見れば、雪の貌は引替へて、黒き事限りなし。
白毛隙なく生ひ繁り銀の針を立てたるが如くなり。
これを持ちて参りたりければ、頼光大きに驚き給ひ、不思議の事なりと思ひ給ふ。
「晴明を召せ」
とて、播磨守安倍晴明を召して、
「如何あるべき」
と問ひければ、
「綱は七日の暇を賜ひて慎むべし。鬼が手をば能く能く封じ置き給ふべし。祈祷には仁王経を講読せらるべし」
と申しければ、そのままにぞ行なはれける。
既に六日と申しけるたそがれ時に、綱が宿所の門を敲く。
「何くより」
と尋ぬれば、
「綱が養母、渡辺にありけるが上りたり」
とぞ答へける。彼の養母と申すは、綱が為には伯母なり。
人して言はば悪しき様に心得給ふ事もやとて、門の際まで立出でて、
「適々の御上りにて侯へども、七日の物忌にて候ふが、今日は六日になりぬ。明日ばかりは如何なる事候ふとも叶ふまじ。宿を召され候ふべし。明後日になりなば、入れ参らせ候ふべし」
と申しければ、母はこれを聞きてさめざめと打泣きて、
「力及ばぬ事どもなり。さりながら、和殿を母が生み落ししより請取りて、養ひそだてし志いかばかりとか思ふらん。夜とて安く寝ねもせず。濡れたる所に我は臥し、乾ける所に和殿を置き、四つや五つになるまでは、荒き風にも当てじとして、いつか我が子の成長して、人に勝れて好からん事を見ばや、聞かばやと思ひつく、夜昼願ひし甲斐ありて、摂津守殿御内には、美田源次といひつれば、肩を並ぶる者もなし。上にも下にも誉められぬれば、悦しとのみこそ思ひつれ都鄙遼遠の路なれば、常に上る事もなし。見ばや見えばやと、恋しと思ふこそ親子の中の欺きなれ。この程打続き夢見も悪しく侍れば、覚束なく思はれて、渡辺より上りたれども、門の内へも入れられず。親とも思はれぬ我が身の、子と恋しきこそはかなけれ」
綱は道理に責められて門を開きて入れにけり。
母は悦びて来し方行く末の物語し、
「さて七日の斎と言ひつるは何事にてありけるぞ」
と問ひければ、隠すべき事ならねばありの儘にぞ語りける。
母これを聞き、
「扨は重き慎みにてありけるぞや。左程の事とも知らず恨みけるこそ悔しけれ。さりながら親は守りにてあるなれば別の事はよもあらじ。鬼の手といふなるは何なる物にてあるやらん、見ばや」
とこそ申されけれ。
綱、答へて曰く、
「安き事にて侯へども、固く封じて侍れば、七日過ぎでは叶ふまじ、明日暮れて侯へば見参に入れ侯ふべし」
母の曰く、
「よしよし、さては見ずとても事の欠くべき事ならず。我は又この暁は夜をこめて下るべし」
と恨み顔に見えければ、封じたりつる鬼の手を取り出だし、養母の前にぞ置きたりける。
母、打返し打返しこれを見て、
「あな怖しや。鬼の手といふ物はかかる物にてありけるや」
と言ひてさし置く様にて、立ちざまに
「これは我が手なれば取るぞよ」
と言ふままに恐ろしげなる鬼になりて、空に上りて破風の下を蹴破つて虚に光りて失せにけり、それよりして渡辺党の屋造りには破風を立てず、東屋作りにするとかや。
綱は鬼に手を取返されて、七日の斎破るといへども、仁王経の力に依て別の子細なかりけり。
この鬚切をば鬼の手切りて後、「鬼丸」と改名す。


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