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帰り


再び民話の世界に戻ってきました。
文字に残る文学の世界にも登場しながら、彼は再び民話に登場するのです。


童子の生家の父は年をとっていた。
我が子の悪い噂を聞くにつけ、辛い思いの日々を送っていた。
そして心労が重なり、重い病に倒れてしまった。
ある夜、老父が寝ていると、童子がいくらかの金銀を持ってふらりと帰ってきた。
老父が わけを聞くと「わしは神通力を持っている。遠く離れていても親父が病に倒れたのが判るので、見舞いに来たのだ」と言う。
老父は涙を流しながら、「世間を騒がせ、人様に迷惑をかけるような者は子でもない。夜の明けぬうちに早く立ち去れ」と金銀を突き返した。
童子は やむなく姿を消し、その後ふたたび生家に戻ってくることはなかったという。

こんなお話なんですが切ないですね。
彼はなぜ生家の父親を尋ねたのでしょう。
なぜ生家の父親は悪い噂の鬼が自分の息子だとわかったんでしょう。
大体「世間を騒がせ、人様に迷惑をかけるような者は子でもない」…って捨てた人が言う台詞ですか?
謎は深まるばかりです。
親を訪ねる話にはもうひとつ別のパターンもあるんです。


茨木童子は親孝行な鬼で東寺の門に住んでいた時に親をたずねて富松の里に帰ってきます。
親は「よく帰ってきてくれた」・・・・・とダンゴを作ってもてなしました。

これは『摂陽群談』にある「富松の里でうまれ、茨木の里に捨てられていたところを酒呑童子に拾われ養われた」を元にしているはずです。
親子仲がいいですね。



このお話の「親」も実家のようです。
先にあげたものとの矛盾がすごいです。
片や追い出され、片やもてなされ。
同じ親だとは思えません。

もしこのお話が本当のものだとする場合、私の考えではこれは養い親の方だと思います。
彼は床屋に拾われ育てられたというのは出生譚の部分で話しました。
その中で、彼は無断で家を出て行きました。
心配している方、もてなしてくれるだろう方は、捨てた親より勝手に家出された方の親だと思ったからです。
まぁ、営業妨害させた挙句、悪評が立つ身で里帰りされたら逆に迷惑だと思いはしましたが。

元禄時代には、この伝説の鬼を偲んで『だんご祭』が行われていたらしいです。。
現在でもこの『だんご祭』は、毎年9月1日西富松の須佐男神社で斎行されています。
関連して↓
安堂寺:富松の親を尋ねてきた童子が無事にすみかの東寺の門に帰り安住しますように童子の無事成長を願って建てた庵を安東寺と呼んだ。




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