太平記



「前太平記」は四十巻+目録一巻
平将門と藤原純友の反乱、源頼光と四天王の活躍(茨木・土蜘蛛・酒呑童子退治)、源頼義・義家の武功(前九年・後三年の役)がハイライトである。
平安時代の清和源氏即ち武士の歴史を綴った近世出来の通俗史書。
江戸時代に『太平記』を基にして作られた戯作である

昔から言われてることによれば、酒呑の腹心である茨木は神通変化の鬼である。
酒呑童子が退治された後は羅生門に住んで悪さをする。
恐がらない者はいなかったが、ウソかホントかわからない
ある時、頼光の館で宴を行った。
酒の肴には、この話も誰かの口から語られて。
皆不思議だという中、綱だけが信じない。
「俺が主人の横でウソを言うと思うのか!!」
「ウソかホントか確かめろよ」
などとまぁ子どもの喧嘩のような口論になり。
周囲もあきれ返って二人を止める。
まだ言い足りないのか綱は続けて言い
「もしそれが本当だったとしたら、都に鬼を住まわしておくなど武士の恥!今から行って出れば退治、出なければ印を証拠として残してくるぞ!!」
それを聞いた主人、頼光は
「確かに…そのままにしておくと武士の権威が落ちるな…よし。真偽を確かめて来い」
と言って証拠にする印(=札)を渡した。
勢いついた綱は立ち上がり
「皆の衆!腐ってもこの綱、印を立てないようであれば二度と会わないぞ!」
と館を後にした。
そして綱は借りた鬼丸という刀を腰にさし準備万端、馬に乗って一人で出発し夜も更けた頃に羅生門に到着
突然起こった雷と大風に驚いた馬を乗り捨て札を置き、怪しいものはいないかと目を光らす
誰もいないようなので帰ろうとすると、羅生門の天井から腕が伸びてきて兜を掴み綱を後ろへひっぱった
綱はちっとも驚かず鬼丸で切ろうとするが、鬼も諦めず天井に引き込もうと。
引き合いの末、一番に音を上げたのは兜の紐
ぷつっと切れて綱は下に落っこちた
振り返り見れば巨大な鬼、鉄杖を持って登場
暫し二人の攻防が続く
キレた鬼が素手の勝負に持ち込もうと腕を広げた瞬間に腕をバッサリ斬ってしまう
分が悪いとばかりにさっさと退散する鬼
なおも追い討ちかけたいが鬼の行方はわからず
仕方がないので腕を持って馬に乗ろうとしたが、兜思い出して取りに帰って静かに帰っていった。
ことの次第を頼光に話すと、晴明よんで占わせ七日間の物忌み決定
例の鬼が綱の養母に化けて自分の腕を取り返し、屋根の装飾板蹴破って逃げたとさ

以上




羅生門の悪鬼退治

諺に曰く、大江山の首領は酒呑が腹心の眷属、茨木と云ふ者なり。
脳く幻術を行ひ、神通変化の妖鬼なり。
大江山落城の後、帝畿東寺の羅生門に住みて、往来を妨げ人民を害す。
洛中、是が為に悩まさる。
恐怖せずと云ふ者無し。
然るに頼光朝臣開陣の後、月を越えて此説岐に満ちて、而も実否分明ならず。
或ひは実説とし、或ひは虚説とす。
或時、頼光朝臣の御舘にて群臣と宴す。
古今都鄙の雑談、数尅に及ぶ。
時に「羅生門の妖鬼在って人を害す」と云ふ者あり。
満座皆奇なりとす。
特り渡辺、敢へて信ぜず。
鬼有りと云ふ者色を易え、
「さては某君の傍らに於いて、偽りを申すと思ひ給ふか。此事世に隠れなく、昨日も五人、今日も三人失はれつる上は候。誠不審に思し食さば、今夜にても有れ、彼へ御出あって疑ひを晴れ給へ」
「さては一定、綱は彼へ参り得まじき者とと思し食すか。其の儀ならば、今夜彼へ行き向かって、真か偽りかを糺すべし」
とて、頗る口論に及びけり。
満座の輩興醒めて、先ず双方を制しけり。
綱、重ねて申しけるは
「素より野心を存ずるには非ず候へども、若し此事実説たらば、正しく王城の傍らを鬼畜の栖とせん事、末代までも武士の瑕勤。綱、罷り向かって実否を糺し、若し変化の姿現れなば、速やかに退治せしむべし。若しまた虚説たらば、渡辺が向かひたる印を残し帰るべし。早御暇」
と乞ひにけり。
頼光線引けるは、
「実にも斯かる奇異の癖者洛中に在るを、其儘にして差し置かば、人の煩ひ多きのみか、且つは武威の軽きに似たり。何様にも渡辺罷り向かって、其虚実を糺すべし」
とて、即ち申す旨に任せ、印の札を賜びてげり。
綱、席を起ちざまに、
「何にや人々。申すには及ばずと鄙も、この印を立てずんば再び旁に面を合わす事のあるまじき」
と、暇を乞うてぞ出でにける。
斯くて渡辺は、緋威の鎧に同じ毛の五枚甲の緒を締め、鬼丸と云ふ太刀を申し預かって、三尺二寸の打刀十文字に横たへ、五尺三寸ありける栗毛の馬、口付の舎人をも具せず、唯一騎すごすごと二条大宮を南首に歩ませたり。
早更け過ぐる鐘の音、雨も頻りに遠近の、東西知らぬ暗き夜に、東寺の前を早過ぎて、九条大路に打って出で、羅生門を見渡せば、物冷まじく雷鳴りて、俄かに吹きくる風の音に、馬も恐れて身振ひし、高嘶きして進み得ず。
綱は馬を乗り放し、件の札を取り出し、壇上に立て置きて、怪しき物や見ゆらんと、四方を睨みて立ったりしが、敢えて眼に遮らず。
渡辺さてこそと思ひ、立ち帰らんとする処に、羅生門の天井より、熊の如くに毛生ひたる長き手を差し下ろして、綱が着たる甲の錏を抓むで、後ろへしかと引き留むる。
渡辺些とも騒がず、鬼丸を抜いて払い切りに切らんとす、鬼神は尚も放さずして、中に提げ上がらんと引き合いし儘に、甲の緒がふっと切れ、壇より下に飛び落ちたり。
綱、振り返りて後ろを見れば、其の長高門の軒に均しき鬼神の形現れて、弓手には引きちぎりたる甲を持ち、馬手には鉄杖を提さげ、月日の如き目を見出だし、綱を睨みて立ったりけり。
渡辺、太刀を指しかざし、余すまじきと切って懸かる。
鬼神は忿れる気色にて、鉄杖振り上げ曳と打つを、丁ど受け、飛落離と流し、暫が程ぞ戦いける。
鬼神は弥忿りを成し、甲も鉄杖も投げ棄てて、大手を広げて組まんとするを、綱は組まれじと太刀打つ振って、薙ぎ払ひ払ひしたりし程に、鬼神は腕を切り落とされ、少し弱りて見えたるを、渡辺、得たりや賢しと、手痛く切って懸かりしほどに、叶じとや思ひけん、軒の瓦に手を掛けて升ると見えしが、姿は忽ち失せてけり。
綱は尚も打ち留めんと慕ひ行けども、黒雲掩ひ隔たりて其行方を失いけり。
綱は力及ばずして、切り落としたる鬼が手を捕り、馬引き寄せ乗らんとせしが、又立ち返り、壇上に投げ捨てたりし甲を取り、閑々と帰りけり。
斯くて頼光の御前に参じて、有りの儘に申しければ、頼光奇異の事に思し食し、阿部晴明を召して占はせられけるに、「綱は七日の齋して、祈祷は仁王経を購読せらるるべし」と申しつれば、其儘にぞ行はれける。
然るに件の鬼神、綱が養母と化して、左右相謀りてついに我が手を取り返し、破風の下を蹴破りて飛び去りぬと云へり。

叢書江戸文庫3 『前太平記(上) (第二十巻 大江山城落事)』 板垣俊一校注


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